2度目の冬pre

 気がついたら、目が離せなくなっていた。

 声が聞きたくて、その姿が見たくて。細いけれどしっかりと筋肉はついている鍛えられた四肢に見とれさえしていたのはなぜか。
 夏の強烈な太陽が情け容赦なく降り注ぐ中、陣内本家の庭で鍛錬を繰り返す年下の少年の額や首筋、鎖骨を流れる汗に目を奪われていたのはどうしてか。

 おそらくはOZでいちばん有名であるアバターの姿を見かけることが出来なかった日に、自分でも不思議なほどに気落ちしていたのは? そんな後に、『今なにしてるの?』といったなんてことのないメールをもらっただけで心が浮き立っていた時点で、もう疑いの余地すらなかったようなものなのに。

 その理由を自覚するのに、一体どれだけかかったことか。

 そういった方面に関する自身の鈍さは、さすがに自覚していた。というか親友に散々言われて自覚せざるをえなくはなっていたが、それでも呆れるほどに遅かった。

 どうして、憧れの先輩だった夏希との関係が、皆に呆れられるほど進展しなかったのか。
 今では彼女とはとても仲の良い友達、ある意味親友のようなものだけれど、一年半前はたしかに彼女のことが好きだったのだ。誰よりも、いちばん。

 それが、どうしてこうなった。

「おまえ、自覚すんの遅すぎ」
「わかってるよ……そんなの、嫌ってほどさ」

 親友ゆえに遠慮もなにもない佐久間敬の呆れを含んだ呟きに、小磯健二は地の底まで沈んでいきそうな深いため息を吐いて、目の前にあったキーボードへと突っ伏した。

 三年生はとっくに部活を引退しているはずだったが、三年の二学期が終わろうという今になっても、やはり健二と佐久間は物理部部室の主だった。ここ二年ほど新入部員のいない物理部は、主どもが卒業すると同時に久遠寺高校から消滅するのだろう。

「しかも、だ。俺に突っ込まれなかったら、おまえ未だに気づいてなかっただろ、絶対」
「……そんな気がする……」
「どんだけ」

 そう思えば、ますますがっくりとうなだれたくなる。
 佐久間の言い分に、反論などできやしない。どう考えたって、自分ひとりではそんな理由を導き出すことなんてできなかった。最初から、そもそも想定すらしていなかったのだから。

「僕、どうすればいいんだろ……」
「俺が知るかよ」

 力なくキーボードに懐いたまま健二が呟けば、軽快なキータッチを披露していた佐久間からは身も蓋もない答えが返ってくる。

 そりゃあまあ、そうだ。佐久間としても、他人の恋路には手も足も首も突っ込みたくはあるまい。それくらい、健二にもわかる。
 いくら親友が抱えている恋の悩みとはいえ、その相手が四歳も年下の少年だ、とあっては。

「どう考えても、無茶だよなあ。これ……」

 それでも、こんな不毛な恋の悩みを愚痴れる相手など、佐久間しかいない。無自覚だった健二にそれを気づかせてしまったことが運の尽きだと思って、諦めてもらうしかないだろう。どうせ解決策など期待はしていないのだから、ただ聞いていてくれるだけでいい。それだけで、少しは楽になる。

 だから、健二はブツブツとそんな愚痴をこぼしたのだが。

「……それは、どーだか知らんけど」

 佐久間の反応は──なぜかそのときだけ、歯切れが悪かった。

「べつにいいよ、そんな慰め方してくれなくても」

 自覚したところで、どうにもならないことは健二にもよくわかっている。
 もしかしたら、なんとかなるかも。今、まさにどん底にいる健二を少しでも浮上させようと、そんな心にもないことを口にしてくれた佐久間は、なんだかんだ言いつつもいつだって健二に優しかった。

「いや……まー、でも、さ? キングも健二のことは気に入ってるみたいだし、万が一ってこともあるんじゃないか?」
「そりゃ、佳主馬くんにはそれなりに懐かれてるとは思うけどさ。あくまでも『親戚のお兄さん』として、だよ。……万が一なんて、ないない」

 そう、あるわけがない。気づいたときに、健二自身が立ち直れないほどの衝撃を受けたくらいだ。男が男に恋をするなんて、普通だったら考えない。

「んで? 今年の正月はどーすんの? また上田行くんじゃなかったのかよ」
「あー……今年は受験があるから、さすがにパスしようと思ってたんだけどさ。侘助さんが帰ってきてるから、受験勉強するなら家庭教師もバッチリだって……夏希先輩が」
「ほー?」
「で、行くこと……に……」
「至れり尽くせりだな。まー、がんばれ。キングにも会えるだろ、それなら」
「……佳主馬くんに会えるのは、そりゃあ嬉しいんだけどさ……」
「まあ、犯罪はやめとけ? やるなら手順を踏んで、だな」
「そんな度胸ないよ!!」
「だよなー」
「…………」

 夏希に恋していたはずが、気がつけば夏希のまたいとこにあたる少年に恋していたなんて。

 健二を見守る神様は、きっとよほど暇をもてあましていたに違いない。


to be continue ... 3度目の夏





超絶続いてますね!
というかたぶん、これより前もあるんじゃないかと思います。
そのうち前後を補完します……。

ムダに敏くて、引かなくてもいい貧乏くじをテキメンに引いてしまう佐久間に萌えます。
互いに片思いだと思い込んでる佳主馬と健二の間に理不尽に巻き込まれて、深いふかーいため息をついてほしい。

愛が歪んでてすみません。