13歳と17歳

 少しずつ眉が寄っていっているのは、自分でもわかっていた。

 理由なんて、明白だ。もちろん、おもしろくないからに決まっている。
 佳主馬に対する時とはまったく違う遠慮のない気安い口調と態度で画面に向かって話しかけている、すぐ隣にいるはずの人が、自分の手の届かないところにいるような気がして。

(バカみたい)

 つまり、拗ねてるわけだ。
 手が触れ合うほど近くに、すぐ隣にいるのに。
 健二にかまってもらえない、ということに。

「それでさ、すごいんだこれが」
『おまえにとっちゃ、なんつーか毎日がワンダーランドだな。そこって』
「あー、そうかも」

 その健二が嬉しそうに話題にしているのは、この陣内家のことだ。予定の日が過ぎても、皆に引き止められて結局しばらくはここに留まることにした健二は、本人だけがまだ少し遠慮をしているものの親戚たちにはすっかり家族として受け入れられている。
 遠慮をしつつもやはり嬉しいのか、二日に一度はこうやって連絡を取ってくる同い年の親友に、健二は毎回この上田での出来事を楽しそうに報告していた。

 webカメラとマイクを使っての音声通話を選択しているので、そのたびに健二は佳主馬にパソコンを借りることになる。これまた健二は最初かなり恐縮していたが、佳主馬が「僕もここにいていいなら」という条件を出してあっさり許可したので、それ以来しょっちゅうこんな光景が繰り広げられている。
 話している内容そのものは、いい。夏希と一緒にやったらしいことを照れた笑顔で話しているのを見るのは少しばかり胸に刺さるし、ちびっ子たちと遊んだ──というよりは遊ばれていたことを報告しているのを聞けば「ずるい」とも思うけれど、かと思えばキング・カズマについて興奮気味に熱弁をふるっていたりして、佳主馬を少しばかり喜ばせてくれたりもするから。

 面白くはないけれど、こんな楽しそうな健二の邪魔をするつもりもない。
 画面に映る眼鏡の人(たしか、名前は佐久間だった)に対してはたまに恨みの視線を送りたくなるが、一応これでも我慢しているつもりだ。

「……健二さん」

 それでもやはりかまってほしくて、佳主馬は小さくその名前を呟いてみる。

「え?」

 聞こえないと思っていた。健二は、話に熱中しているようだったから。
 でも、そんなかき消えそうに小さかった佳主馬の声を、健二は拾ってくれたらしい。ただ、ちゃんと言葉として聞こえたわけではないらしく、画面に向けていた視線を戸惑うようにさまよわせる。

「健二さん」
「あ、佳主馬くん?」

 だから、今度は少しだけ声を大きくして、こつん、と健二の肩に頭をぶつける。まだ頭ひとつ分、余裕である身長差が憎い。
 でも、健二はちゃんと気づいてくれた。それがこんなにも嬉しくて、同時にこの人を独り占めできないことがこんなにも苦しい。

「あ、もしかしてパソコン使う? ごめんね、長々と占領しちゃって」
「べつにいい。そのかわり、膝貸して」
「へ?」

 間の抜けた返事を間の抜けた顔でよこした健二の反応は無視して、佳主馬はごろりと横になる。正座のままではすぐに足がしびれるかもしれないと思ったけれど、それについては気づかないふりをした。
 このまま、健二が身動きできなくなってしまえばいい。
 そんな考えが頭の隅をかすめたのも、事実だったから。

「……え、ええええ? 正座じゃちょっと高さありすぎないかな。首、痛くない? 足伸ばすから、せめてそっちにしなよ」
「これでいい」

 佳主馬の行動に健二はしばし固まっていたが、我に返ったあとの反応はのどかなものだった。上から少し戸惑ったような、でも少し嬉しそうな声が聞こえてくる。
 無愛想な返事をして、佳主馬はそのまま目を閉じた。

(今はこれで許してあげるよ)

 こんな風に甘えるだけでこの人に近づけるのなら、今はまだこれでいい。
 佳主馬の抱える気持ちと健二が抱く気持ちの間には深くて広い溝があるけれど、いつか埋めてみせるから。

「佳主馬くん、睡眠不足?」

 黒髪を撫でる優しい指の動きにあわせて、健二の笑みを含んだ声が落ちてくる。

 お兄さんのこと考えてたせいで寝不足、と。
 佳主馬は目を閉じたまま、口の中だけで呟いた。



『おまえら、俺の存在覚えてる? ……あー、聞こえてねえな』
 ──画面の向こうで。
 ひとり取り残された佐久間が、深いため息をついていた。




佳主馬から佐久間へ向く嫉妬の感情というのは、やはり健二がまだ自分には見せてくれない『対等な扱い』にあるんじゃないかな、という妄想。

健二にとっての佳主馬って、「13歳なのにすごい」とか「大人顔負けにしっかりしてる」とか「佳主馬くん、キングカズマみたいだ」という路線の「尊敬と憧憬」+「それなのに年相応の子どもの部分も持っている」「弟みたい」という路線の「子どもに対してかわいいと思う感情」がこの時点ではまだメインで、やはり同年代の親友に対する気安さはないと思うんですよね。17歳の高校生男子としては、13歳の中学生にはやはりかっこいいとこ見せたいだろうし!(会って2回目でいきなり情けないとこ見せてるくせにな)

佐久間にえんえん「あと少しで代表になれたんだ」と愚痴っていたほどの気安さを、健二が佳主馬に向ける日は来るのは来るのでしょうか。きっと佳主馬喜ぶのに。でも、そうなったらなったで結局、また恋愛対象から遠ざかったことなんですよね、じつは。佳主馬がそれに気付くのはいつだろう。

家族や親友カテゴリに入っちゃうと、そこから恋愛に持ち込むのは大変なんだぞー。

と、馬鹿みたいに長い独り言までついでに移植しておきます。
うん、まあ、自分用メモ。