えいぷりる

それは、ちょっとしたデキゴコロだった。

「ねえ、佳主馬くん」
「なに?」
「じつは僕、ずっと隠してたことがあって」
「……健二さん?」

正座をした健二が意識して作った真剣な声に釣られて、佳主馬が少しだけその形の良い眉を寄せる。
そんな表情も絵になる、などと明後日なことを頭の隅で考えながら、健二はずいと膝を進めた。立て膝で床の上に置いたノートPCに向かっていたはずの佳主馬が、その場でどうしていいのかわからずに動きを止めたことがわかる。

まだ中学生なのに大人びている雰囲気を持つ佳主馬だったが、実際にクールで頭の回転も速いのに、意外と想定外の突発事項に弱いことを健二は知っていた。そんな、たまに見え隠れする年相応の子どもらしさが、健二はかわいくて仕方がない。
まるで、弟ができたみたいな。そんな気分になるからだ。
正確なことをいえば弟以上に身近で大切な存在な気もするが、そこは追求したら最後、というかいろいろな価値観が崩壊するような気がするのでやったことはない。

で、だ。
なぜかあの夏の日以来健二に懐いてくれた佳主馬は、春休みに東京の健二の家へと泊まりがけで遊びに来ている。
そう、春休み。
……ということは、あの日がくるというわけで。

「僕、ほんとは女なんだよね」

ちょっと、やってみた。
そう、今日は4月1日。四月馬鹿、エイプリルフールというやつだ。

佐久間相手に嘘をついても、今さら騙されてもくれない。佳主馬にやってみたところで、彼の性格上「なにバカなこと言ってるの」とでも言いたげな冷たい視線で一瞥されるだけのような予感もするが、まあそれはそれで楽しいかな、などと思ってしまったわけだ。佳主馬が絡むと、健二の思考はけっこう常識と良識の範囲から簡単に逸脱する。一応、健二にもその自覚はある。

だから、そんな反応を予想していたのに。

「…………」
「…… あれ?」

なぜか、佳主馬はそのままその場で固まった。
ぴしりと、音でもしそうなほどみごとに。呼吸も止まってるんじゃないか、と心配になるほどだ。

「……佳主馬くん?」
「…………」

返事がない。
というか、反応もない。

驚いているのかと思ったが、表情も変わっていない。
ただ、動きが止まっただけだ。

──しばらく、そのまま時間が経過して。
もしかして、あまりにバカなことを言ったのでスルーされたのか、と。
そう判断し、根負けしたのは健二のほうだった。

「……あの、佳主馬くん。少しくらいなんか反応してくれると嬉しいんだけど……」
「え、いや、驚いてるよ?」
「どこが……? そんな、無言でスルーされたら、冗談だって言うに言えない……」
「…………」
「あれ?」

またしても、佳主馬の動きが止まった。
というか、ぴきっと固まった。

ただ、今度はしばらくして表情が動く。
……なんというか、みるみるうちに落胆していっているような。

「あの、佳主馬くん?」
「……冗談、だったんだ」
「は?」

しかも、微妙に予想外の反応が返ってきたような気がする。
冗談というか、嘘なのは当然だ。そんなの、見れば一目瞭然だと思う。
べつに、健二には女性っぽいところなどありはしないのだ。まあ、背はたしかに決して高くはないが。

「あ、いや、うん。冗談、なんだよね?」
「当たり前じゃないか。今日、エイプリルフールなんだから」

壁に貼ってあったカレンダーを指し示してそう告げれば、つられて佳主馬の視線が動く。
あらわになっている左目と、前髪に隠れている右目が何度かまたたきを繰り返して……そして。

「はあ……」

佳主馬は、なぜか深いため息をついた。

「へ? か、佳主馬くん?」
「……冗談、か……だよね」
「ちょ……ちょっと、佳主馬くん? なんで、そんな残念そうなわけ……?」
「べつに……」

そのままノートPCへと向き直ってしまった佳主馬の背中が、やけに落ち込んでいるように見えたのは。
はたして、健二の気のせいだろうか。


結局、健二は翌日。

「おまえ、キングにそんなウソかましたわけ? アホだなー」
「ううううう」

佐久間に、かわいそうな子を見るような視線を注がれた。