no title
「だから……っ」
「ふうん」
このまま放っておけば癇癪でも起こしそうな、そんな荒れた声に言葉を被せる。
選んだ言葉そのものに、意味などない。
ただ、目の前にいる男の感情を乱すためだけに、選び取った。
「……っ! 理一!!」
「なにかな?」
予想通り感情を昂ぶらせた侘助は、たいして力もないくせに胸元を掴みあげてくる。
これくらい、振り払うのになんの支障もない。力すら、ほとんどいらない。
でも、抵抗することはしなかった。侘助とは正反対に平静を保ったまま、理一はその顔を見上げる。
昔から、得意だった。
この、出生のせいなのか生まれ育った環境のせいなのか。屈折しているくせに肝心なところが大人になりきれていない侘助から、上っ面の余裕をはぎ取るのは。
「……あんた、こそ。なんか、言えよ」
「なにか、ねえ?」
そして。
「とりあえず、おかえり?」
「…………っ」
自身の舵取りができなくなった侘助に、手を差し伸べるのも得意だった。
──その手が、決して救いの手などではないことを、理一はよく知っている。
それを、侘助自身が理解しているのかどうかは、ともかく。
「……ただいま」
嫌そうに、ふいと目を逸らすくせに。
胸元を掴んだままの手を離さないあたり、どうしようもない。
「本当に、おまえは変わってないね」
笑顔で、そう言ってやれば。
「……あんたもな。全然、変わってない」
いつのまにか胸元から移動していたのか、掴まれた両腕に体重がかけられる。
そのまま床に膝をついて、顔を伏せた侘助の顔は──見えない。
でも。
「その、どうしようもなく卑怯でずるくて、なのに伸ばされた手は振り払えないところとか、特に」
吐き捨てるように囁かれた、言葉。
なのに、やはり手は離れていかない。それどころか、込められた力は強くなって。
そんなところも、やはり10年前と変わらない。
だから。
ああ、わかっていたのか、と。
口の端で少しだけ、笑った。
なにがやりたかったのか自分でもわからないのは仕様です。
たぶん精神的理侘。実際は逆。
な、気がする。