no title no.2
「どこに行くのかな?」
「……おまえにゃ、関係ねえよ」
もしかして、とは思っていたけど。
案の定、まるで本心をつかませない穏やかな声に、足を止められた。
振り返らなくたって、わかる。おそらくは折れて原型を留めていない障子に寄りかかって、なにを考えているのかまったくわからない瞳でこちらを見下ろしているのだろう。
少しだけ、目を細めて。
あらわし墜落による爆風のあおりをくらって半壊した屋敷は、すでに寝静まっている。屋敷から少し下ったところから、まるで噴水のように勢いよく吹き出す温泉の音だけがあたりに響く、そんな静かなようでどこか騒がしい、不思議な夜だ。
その音に紛れて、誰にも見つからないよう、気づかれないよう、帰ってきたとき同様に縁側から出ていこうとしたのに。
やはり、こいつは見逃してはくれなかった。
気づいたとしても、もしかしたら気づかないふりをしてくれるかもしれない。
ほんの一瞬とはいえそんな甘い考えを抱いた自分は、何かに毒されていたのかもしれなかった。
「翔太のRX−7、あれはもう動かないんじゃないかなあ?」
「…………」
しかも、そんなところまで見透かされている。
30年以上前から、ずっとそうだった。こいつはいつだって、気づかないうちにするりと心の中へと入り込んできて、そこを土足で荒らしまわる。
いちばんどうしようもないのは、それにむかつきながらもこいつを追い出せない、自分自身だ。
だって、追いだしてしまったら、後に何が残るというのか。
もう、ばあちゃんもいないのに。
「駅までなら、送り届けてあげるよ?」
「いらねえ」
反射的に、まるで吐き捨てるように言えば、小さく笑われた。
そんなところが、ますますむかつく。
「まあ、そう言わずに。減るもんじゃないし」
「……減る。絶対減る」
なにが減るって、精神力が減る。
詳しいことは口に出さなかったが、きっと伝わってはいるだろう。
理一は、だからこそ言い出したんじゃないかと言わんばかりに、俺の肩へと手を乗せた。その人肌の暖かさが、ますます腹立たしい。
「ああ、そうだ」
「なんだよ」
そのまま、理一が背中を押してくる。結局、何を言おうがついてくるのだろうこいつに、今さら抵抗しても無駄だ。
勝ち逃げは信条だが、無駄な戦いもする気はない。
どうせ、最初からこいつには負けている。
いつだって。
だから、諦めたように息を吐きつつそう言えば。
「戻ってくるときは、ちゃんと連絡を寄越すように」
あっさりと、そんな言葉を落とされて。
「……さぁな」
冗談じゃない、と思った。なんでいちいち、そんなことしなきゃならねえんだ、と。
ただ、そんなことを言ったってどうせこいつには通用しない。
だから、わざとはぐらかすようにごまかすように、そう呟いたのに。
「まあ」
やはり、理一は楽しそうに笑うのだ。
「侘助が行こうとするところなんて、言われなくてもすぐにわかるけどね」
「…………」
だから、こいつは嫌いなのだと。
結局は肩を押されるに任せたまま、俺は心の中で舌打ちをした。
誰か理一さんの一人称を教えてください。
僕? 俺? 私? どれ?