5つの夏の物語

「いらっしゃいませ。お待ちしてました!」

ドアを開けて元気よく出迎えてくれたのは、いつもどおり大きな尻尾を持った二等身のリスだった。
最初にその姿を見たときは一瞬、そのなんとも形容しがたい容姿につい言葉をなくしたものだが、見慣れればなかなか愛嬌があるもので。なにより、笑うと妙にかわいかったりもするのだ。もっともそれに気づいたのは佳主馬ではなく、背後で無言のまま小さく会釈をしたファティマのキングだったのだけど。

「こんにちは。……健二さんは?」

そして、よくよく見ればいつもとは違うことに気づいて、佳主馬は首を傾げる。いつもであればリスの後ろから人の良さそうな笑顔で出迎えてくれる人の姿が、ない。
佳主馬の膝程度の背丈しかないリスへと視線を合わせるのは、大変だ。佳主馬の身長もそう高いほうではない──というかかなり小さいほうだったが、比べものにならない。
とはいえ玄関先でいきなり目線を合わすためにしゃがみこむわけにもいかず、せめて精一杯首をうつむければ、こちらはこちらで精一杯首を上向けていたリスが少しばかり気まずそうな表情を浮かべた。
じつは、出迎えてくれたリスの名前はケンジという。そして、彼の上司にあたる人の名前も、健二という。今日、佳主馬が会うために訪ねてきた相手だ。
音が同じなので呼び名に区別がつけにくく、結局のところ佳主馬は「健二さん」「ケンジくん」と呼び分けている。

で、そのケンジがあからさまにこんな顔をする、ということは。

「あは……はは、先生なら設計図とにらめっこ中です。えーと、かれこれ……2時間くらい?」
「…………」

あまりにも予想通りの展開に、佳主馬は少しだけ眉をしかめた。

「また?」
「はい、またです……あっ、誤解しないでくださいね!? 佳主馬さんがいらっしゃることはわかっていましたから、今日はずっと研究室にも近寄ってませんし、格納庫にも足を踏み入れてなかったんですよ!」

汗を飛ばしながら上司のために必死で言い訳をするリスのケンジは、じつに健気だ。それはわかっているのだ、が。

「……じゃあ、なんで今の状況になってるわけ?」

ケンジの上司である健二は、それなりに名の知れているモーターヘッドマイスターである。
彼の手にかかればほぼ全壊状態に近いモーターヘッドでも修理できると言われているし、実際それは誇張でもなんでもない。人間嫌いというわけではないが人見知りというか、知らない人に囲まれるのが苦手なせいもあって国家や組織に所属こそしていないが、健二のマイスターとしての腕を求めて訪ねてくる騎士たちは決して少なくなかった。佳主馬も、そんな騎士たちのうちのひとりだ。佳主馬がここへと頻繁に足を運ぶのは、決してそれだけが理由ではなかったけど。

そして、健二がマイスターとして高い能力を誇っているいちばんの理由は、彼がモーターヘッドを誰よりも愛しているからだった。
モーターヘッドオタクというか、モーターヘッドマニアというか。とにかく、健二のモーターヘッドへの興味は尽きることがない。他にやるべきことがあったとしても、目の前にモーターヘッドというエサをぶら下げられればすぐさまそちらへと意識を向けてしまう。そして、そのままどっぷりとのめり込む。

そうなってしまえば、もう誰も彼を現実世界へと引き戻すことはできない。健二自身が満足しない限り、どうせ誰の声も耳に入りはしないのだ。
そんな一点集中型にもほどがある性格のことは、健二自身もよく知っている。だから人が訪ねてくると事前にわかっている時は、あらかじめ没頭しがちなものから自分を遠ざけておいてくれるのだ。
今日も、その努力はしてくれたらしいのだ、が。
ではなぜ、一体こうなった。

「え……ええっと」

決して機嫌が良いとはいえない佳主馬に睨み下ろされて、ケンジの顔にわかりやすく焦りが浮かぶ。それでなくとも、佳主馬は常日頃から仏頂面なので誤解されやすいのだ。本当に機嫌が悪くなれば、その迫力はいや増すというもので。

「……佳主馬。ケンジさんが悪いわけじゃない」

そして、そんな佳主馬の八つ当たりじみた行動に水を差したのは、キングだ。
いつの間にか佳主馬よりも前に出て、動揺のあまりあわあわと謎の踊りを披露しているケンジの横へと立つ場所を移している。

「わかってるよ」

自身のファティマにいさめられて、佳主馬は仏頂面のままふいと顔をそむけた。
キングは、騎士としての能力は申し分ないとはいえまだ13歳ということでいろいろと未熟な佳主馬をずっとサポートしてくれている、かけがえのないパートナーだ。無口なのであまり言葉を発することはないが、気配りのしどころを間違えることはない。能力的には戦闘に特化しているタイプらしいのだが、意外と精神安定のパワーゲージも高いのかもしれなかった。

とにかく、キングにそう言われてしまえば、佳主馬も理不尽なフラストレーションをケンジに向けることなどできない。そもそも、ケンジは被害者だ。
だが、基本的に律儀な健二が約束を自ら放り出すこともあまり考えられない。となると、誰かが健二をそそのかした、と考えるのが妥当なのだが。

「ただ、理由を知りたいだけ。なんで?」
「そ、それは」

またしても、ケンジの顔に大きな汗が浮かぶ。もしかしたら、その「誰か」の名前を口にしたら最後、佳主馬の報復がそちらに向くとでも思っているのかもしれない。──あながち、間違ってはいなかったが。
だが、幸いなことなのか、それともあいにく、なのか。
ケンジは、引導を渡す役目を果たさずにすんだ。

「それはね。たぶん、わ・た・し、のせい」

ドアの影から、ひょっこりと見知った姿が顔をのぞかせたからだ。

「夏希ねぇ!? なんでいるの!」
「それはもちろん! 健二くんが好きそうなものを見つけたからに決まってるじゃない」

──夏希は、佳主馬の姉だ。5つ、歳が離れている。
どちらかといえば素手での戦闘を得意とする佳主馬とは違って、夏希は間違いなく剣技を得意とする騎士だった。天位を与えられるのもそう遠くないとすら言われている。

ただ、佳主馬にとって今問題なのは、そんなことではない。姉が将来有望な騎士であることは誇りだし、なんら佳主馬に影を与えたりはしない。
しない、が。

先ほど夏希が口にした言葉は、聞き捨てならなかった。

「……夏希ねぇ。まさか僕が来ること、知ってた?」
「ふふん。さーて、どうかなー?」

長い髪をさらりとかき上げて、にこりと夏希が笑う。その勝ち誇ったような笑みを目の当たりにして、佳主馬は確信を得た。

確実に、夏希は狙ってやったのだ、と。

「……やってくれるね」
「え? なんのこと?」

声を荒げることは、しなかった。かわりに、不敵な笑みを浮かべてやる。
負けるつもりはない。たとえ、相手が実の姉だとしても。

「あ、あのー。とりあえず、先生が気づいてくれるまでお茶でも……どうですか……?」

──そして。
この姉弟の仲が良いことはケンジもよく知っているのだが、さすがに目の前で笑顔のままにらみ合われると困るというもので。
しかも、その原因はおそらくケンジの上司だ。なんとか仲裁に入りたい。というか、そうしないといけない気がする。

──が、もちろん汗を飛ばしながらそんなことを小声で主張してみても、佳主馬の耳にも夏希の耳にも入るわけはなく。

「………」
「ううっ……キングさん、ありがとうございます……」

ただひとり、ケンジの横にひざまずいてそっと頭を撫でてくれたキングに、ケンジは半泣きになりながら礼を言った。




カップリング要素がどこにもないことに書いてから気づいた。
強いて言うならウサリス?
佳主馬と夏希が健二を間に置いて張り合っているのはたしかなようです。

というか健二、名前しか出てこなかった。
だめだこりゃ。