今日は何の日

「はい。佳主馬くん、おみやげ」
「……へ?」

やたらとご機嫌な健二が帰宅するなり佳主馬へと差し出したのは、ビニールの袋だった。いわゆる、レジ袋だとかコンビニ袋とか言われているやつだ。
ぱっと見た感じ、中になにかが入っているように見える。だが、特になにかを買ってきて欲しいと頼んだ覚えはない。

今、中学校は春休みだ。3月も29日にもなれば高校だって当然春休みで、長期休暇を狙って佳主馬は東京の健二の家へと泊まりにきていた。春休みになると同時に転がり込んできたのは、今さら言うまでもない。なにしろ、佳主馬はずっとこの時を待っていたのだ。
ただ、健二にはバイトがある。そのため、春休み中も何日かおきには部室へと顔を出しており、今日もその日だった。佳主馬も誘われて何度か部室へ行ったことがあるが、今日は健二がバイトをしている間に家事の手伝いでもしようと思って、留守番をしていたのだ。
おそらく健二のおみやげは、留守番のごほうびだろう。それはまあ、嬉しいのだが。

「まりもだってさ、キング」
「は? まりも?」

なぜか健二と一緒に現れた佐久間のセリフを、佳主馬はまったく理解できなかった。

佐久間がいるのは、まあいい。正直なところ邪魔だと思ったが、佐久間の前であれば今さらなんでもないフリをする必要もないし、佳主馬が気にしなければいいだけの話だ。健二は恥ずかしがるかもしれないが、びっくりするほど流されやすいのでたぶんなんの問題もない。佐久間には良い迷惑だろうが、そう思うならさっさと帰ればいいのだ。むしろ帰れ、と佳主馬は思っている。
べつに佐久間が嫌いなわけではないし、どちらかというと人間としては好きなほうなのだが、健二がからめば話は別だ。それでなくても年中健二と一緒にいる佐久間のことがうらやましくて妬ましくて仕方がないのに、せっかくつかみとったふたりだけの時間を邪魔されてはかなわない。なにしろ、東京と名古屋間の遠距離恋愛だ。一緒にいられる貴重な機会を、無駄にするわけにはいかないのだ。

……まあ、というわけで佐久間の存在は邪魔といえば邪魔なのだが、理解できないということはない。
理解できないのは、佐久間が口にした単語のほうだ。そして、たった今、自分の視界に飛び込んできた、シロモノ。

「……なんで、まりも?」

なぜか。
健二が『おみやげ』だと上機嫌に持ち帰ってきたのは、小さなまりもだったのだ。

どこでそんなものを見つけてきたのかは知らないが、そもそもなぜそんなものを買ってきたのかがわからない。というか、なぜまりもがみやげなのか。まさかとは思うが、今日の朝にこの家を出てから昼過ぎに帰ってくるまでの間に、健二は阿寒湖にでも行って来たというのだろうか。いくらなんでも時間的に無理があるような気もするが、その気になれば人間離れしたことも平気でやらかす健二にかかれば、それもできなくはないような気がしてくるから不思議だ。

まあ、佳主馬が一瞬のうちにそんなことにまで考えを巡らせていたなど、健二が知るはずもなく。

「あ、うん。朝、テレビ見てたらさ、今日はまりもの日だって言ってて」
「は?」

──にこにこと満面の笑みを披露しつつ、そう言い切っていた。もちろん、佳主馬にその意味などわからない。

「まりもの日?」
「そうそう。3月29日はまりもの日、なんだって」
「……あ、そう……」

…… まあ、説明してもらったところで、よくわからなかったのだが。

「ちょっとだけ、佳主馬くんの髪に似てるなって思ったらさ。どうしても今日、佳主馬くんにプレゼントしたくなっちゃって」

健二の笑顔が、あまりにも幸せそうだったので。

「……じゃあ、もらっとく。ありがと」

ありがたく、受け取っておくことにした。

(……名古屋に帰っても、これ見たら健二さんのこと思い出せそうだし)

べつに、まりものどこにも健二の面影なんてないのだけど。
健二が佳主馬のために初めて買ってきてくれた、最初のプレゼントだったから。

……もちろん、断るなんて選択肢は、最初からなかったのだ。


end.



*どーでもいいおまけ

「ちなみに、今日は八百屋お七の日でもあるらしーぞー」
「へ? なにそれ? お七って?」
「恋人に会いたいあまりに放火して、処刑されたんだと」
「うわわわわ……す、すごいね」
「真似すんなよー、キング?」
「バカにしないでくれる。そんなことして死んだら元も子もないし、もっとうまくやるよ。大体、火事なんか起こしたらいちばんに健二さんが死にかねない」
「佳主馬くん……」
「あ、でも、浮気したらそれくらいするかもしれないから。覚悟してね、健二さん」
「しっ、しないよ!?」
「…………帰ろっかな、俺……」