電話越しのおめでとう

テレビ画面の中から、カウントダウンが聞こえてくる。

「あと少しだね」
『うん』

耳に当てた携帯電話から聞こえてくるのは、現在名古屋在住の誰よりも大事な人──池沢佳主馬の声だ。
四歳年下の、まだ『少年』というカテゴリに入れるべき子ども。なんでこんなことになったのか、小磯健二には未だによくわかっていないが、本来好きになってはいけないはずの相手を恋愛感情で好きになってしまった以上、その気持ちに嘘を吐き続けることは難しい。
しかも、どう考えても片思いで終わるはずだったのに、なぜか想いは通じてしまった。
信じられないというかラッキーというかなんというか、健二はおそらくこの件で一生分の幸運を使い果たしたと思っている。
まあ、たとえ使い果たしていたとしても、今がこの上なく幸せだから何の問題もないわけだが。

今、健二は電話越しに年下の恋人の声を聞いている。さすがに正月は家族と過ごすのが普通で、日頃両親がそろっていることの少ない小磯家も、大晦日の夜くらいは一応全員が揃う。
元旦の昼にはまた全員ばらばらに行動していることがほとんどだったが、ずっとそんな感じなので健二はそれに不満を持ってはいない。たとえ12時間程度しか一緒にいられなくても、ちゃんと家族の絆がそこにあることはわかっている。
……ただ、それに気づいたのは、比較的最近の話なのだけど。

『……3、2、1……』

テレビのスピーカーが発するカウントダウンに合わせて、佳主馬が小さく数字を呟いている。
それに、つい表情がゆるんだ。

(かわいい)

口に出すとおそらく怒られるので、心の中でだけ呟いておく。

『0』

そして、カウントダウンが終わって。
画面の向こうで沸いた歓声に負けないように、健二は口を開いた。

「あけましておめでとう、佳主馬くん」
『おめでとう、健二さん。……あの。今年も、よろしく』
「うん!」

携帯を通して聞こえてきた、どこか照れたような佳主馬のささやきに。
健二は満面の笑みを浮かべて、返事を返す。

(ああ、webカメラ繋いでライブチャットすればよかった)

そうすれば、佳主馬の顔が見られたのに。
自分の、この情けなく笑み崩れた顔を見られるのは少し恥ずかしいけど、そんなことどうでもよくなるほど佳主馬の顔を見たい。

──そして。
こういうとき、健二はいつでも即断即決だ。
基本的に腰が重いのでめったに発動しないが、佳主馬に関してはけっこうあっさり発動することがある。

「ねえ、佳主馬くん。明日、家にいる?」
『え? いる、けど』
「じゃあ、会いに行ってもいい?」
『え……えっ!?』

回線の向こうで、佳主馬の声がひっくり返った。

(あ、やっぱり驚かせちゃった)

でも、先ほど口に出したことを撤回する気はなかったから。

「……ダメかな?」

少しだけ、小声で。
囁くように、告げれば。

『だ……だっ、ダメじゃない!』

どこか慌てたような返答が、あって。

「そっか。よかったあ」
『その……会えるのは、うれしい……から』

その、聞き取るのが至難の業、としか言い様がない小さな呟きをなんとか拾い上げた健二は。
今日の朝、いちばんの新幹線で名古屋へ行くことを決意した。