意思の疎通なんて最初からどこにもない
3
「……もやもやする」
「は?」
竜の穴に来るなり、いきなりそう呟いて座り込んだヒビキの帽子のてっぺんを、シルバーはついまじまじと見つめた。
(何なんだ、一体)
ヒビキの言動が唐突なのは、今に始まったことじゃない。そして、彼の思考回路がシルバーに理解できないのもいつものことだ。
なのだ、が。
「もやもやする!」
「だから、なにがだよ!?」
今日は、いつも以上に不可解だった。
「だって、会いたいと思ったらすぐに会いに行けて、バトルしたいって思ったらすぐにバトルできる。それが、ライバルってやつじゃない?」
「は?」
「なのに、お互いライバルだって思ってるのに、なんでわざわざ誤解されるようなことばっかりしてるの!?」
「……おい?」
「絶対、一緒にいなきゃだめなのに!」
「だから、何がだ! 誰がだ!」
「あ、ぼくの先輩……たち?」
「…………」
「ひとりはシルバーも知ってるよ、たぶん。ほら、トキワジムのリーダーさん」
「……ああ、なるほど」
「ところでさ、シルバー」
「な……っ、なんだ」
顔をのぞき込まれて、一瞬後ずさりかける。それもどうだと思い直して、あわてて反射的に動こうとする自分の身体を押しとどめた。
至近距離で、じっと見つめられる。べつに迫力がある顔立ちをしているわけでもないのに、どちらかといえばかわいいとしか言い様がない子どもらしい顔つきだというのに、背中に冷たい汗が流れるのはどうしてだろう。
――なのだ、が。
「……ぼくたちはライバル、だよね?」
「…………それが、どうした」
告げられた言葉は、意外にも普通だった。
ただ、それはそれで照れるというものだ。素直に認めるのは気恥ずかしくて、ふいと視線を逸らす。
でも、ヒビキはめげなかった。
むしろ、すでにそんなことには慣れきっていたのかもしれない。
「だからね、シルバー」
にぱっと笑ったヒビキが、モンスターボールを目の前に突き出す。
「バトル、しよう!」
――あいにく。
いくらツンデレでも、その誘いに否と返せる選択肢は、存在しなかった。
結局、ヒビキが何を言いたかったのかは、よくわからない。
ただ、《ライバル》にこだわるあまりにどこかすれ違っているヒビキの『先輩』たちは、確かに無駄な時間を過ごしているような気もした。
(……その先輩たちの場合、《ライバル》だけに収まらない何かがあるんだろうけどな)
その《何か》が《幼馴染み》という言葉で説明できるかどうか、シルバーは知らない。
彼には、そんな存在がいなかった。だから、わからない。
でも。
(少し、うらやましいかもしれない)
理由もわからないまま。
心の隅で、そう思った。
End.