寝顔after

「あ……あれ?」

 背中にあるはずのない重みを感じて、起き上がろうとした小磯健二はそのまま固まった。

 うたたねをしていたのだ。するつもりなんかまったくなかったが、気がついたら意識が落ちていたのだから仕方がない。これが授業中でなくてよかった、そう安堵の息をつくだけだ。

 そもそも、今は夏休み。宿題はしっかり出されたものの、毎日のように授業へと耳を傾ける必要はない。とはいえ、その出された宿題をこなす必要はあるわけで。

「あれえ?」

 その宿題をやっていたはずが、いつの間にか昼寝に突入していたのは、まあいい。
 自他共に認める、数学しか出来ない健二だ。数式を前にすれば余裕で徹夜も可能だが、目の前に広がるのが数学とはまったく縁のない英字の羅列となれば話は別。徹夜どころか、追っているだけで眠気が襲ってくる。
 耐えきれずに、うたたねをしていた。そこまでは、わかるのだが。

「か……佳主馬くん? だよね?」
「…………」

 返事はない。かわりに、というのもおかしいが、背中からは静かな寝息が聞こえてくる。
 薄い夏物のシャツを通して背中に触れる髪の感触が、意識してしまうとどこかくすぐったい。

「う……動いたら起きちゃうよなあ……」

 文机に突っ伏して寝ていた健二の背中に体重を預けて、佳主馬はすっかり寝入っていた。
 座布団でも枕にしたほうがいくらかは快適だろうに、ずいぶんと変わったことをするものだ。決して広いとも頼りがいがあるとも言えない健二の背中へと、佳主馬の頭と背中は器用におさまっている。

 さて、どうしたものか。
 下手に動けば、佳主馬をふるい落としてしまうだろう。むしろ、今まで落としていなかったことが奇跡だ。
 中途半端な体勢のまま、健二はしばらく思案にくれる。そして。

「……まあ、いいか」

 結局ぺたりと文机に突っ伏して、元の体勢に戻った。その顔は、嬉しそうに笑み崩れている。

 今、健二の背中を枕にして昼寝をしている佳主馬は、OZの中ではOMCチャンピオンのキング・カズマとして大人たちと対等に渡り合い、現実の世界でも大人顔負けの冷静さをかいま見せる、とても十三歳とは思えない少年だ。健二はたまたま、というかこの陣内家に来てから勃発した騒動のおかげで佳主馬の年相応な部分も見かけてはいたけれど、それでも自分よりしっかりしているかもしれない、と常々思っている。

 そんな佳主馬が見せてくれた、これは──たぶん、甘えの一種なのだと健二は思う。
 そうでなければ、いくら陽が当たらないおかげでこの納戸が涼しいとはいえ、気を許していない他人にくっついて昼寝をしようなどとは思わないだろう。この、真夏に。

 認めて、もらえたのだろうか。どう見ても他人と馴れ合うことをよしとしない、この少年に。
 少なくとも、背中を預けてもらえる程度には。

 そう思えば、あの激動の三日間にも感謝したくなる。そのせいで、この陣内家の屋敷はあちこちがれきの山になってもいるのだけど。

「弟って、こんな感じなのかなぁ……」

 一人っ子の健二には、兄弟の感覚というものがわからない。ただ、こうやって懐かれているのは、とても心がくすぐったくなるもので。

「かわいいなあ」

 穏やかな幸せにひたりながら、健二はもう一度目を閉じた。




ホンモノの兄弟(しかも高2と中1)はこんなべたべたしてないと思います。