1度目の夏

 どうせならアドレス交換くらいはしておきたいな、と思ってはいた。

 四つも年下なのにずいぶんと大人びていて、OZでは今は少々事情があって保留中だったり交渉中だったり放置中だったりするものの個人で何社ものスポンサーを持つOMCチャンピオンで、あまり感情の動きを表に出したりはしないけどとっても家族思いで、でもやっぱりまだ十三歳の子どもらしさも持っていて。

 そんなアンバランスさを持つ年下の少年を、健二は友人だと思っていた。なぜ『思う』などという言葉がつくのかといえば、本人に面と向かって確認したことはないからだ。

 さすがに、それを否定はされない気はしている。共に過ごした時間はほんの数日とはいえ、その数日の間に共に手を取り合って死線すら乗り越えた。そういう意味では、短くてもかなり濃厚な付き合いではある。

 ラブマシーンにアカウントを乗っ取られて泡を食っていた健二を最初に助けてくれたのは彼──佳主馬だったし、それにラブマシーンと戦おうとした健二に力を貸すことを約束してくれたのも佳主馬が最初だった。あまり他人に気を許す性質ではなさそうな彼がそこまでしてくれるというのは、それなりに認められた証なのだと思う。というか、思いたい。

 友人を越えて、すでに家族に対するような気持ちを抱いている気もするのだけれど、どう考えても健二自身よりしっかりしていて大人びている相手を弟扱いするのもどうか。でもやはり弟のように可愛いとも思ってしまったりして、やはり年は離れているけど友達というあたりがいちばん妥当かもしれない。
 そう、健二なりに結論を出したところだ。こんなことでしばらく悩める程度には、数学以外のことに関して自分の頭は働かないらしい。ついでに、そんなことを痛感して少し落ち込んだりもした。

 OZで会えばきっと話してくれるだろう、とは思う。昨日の戦いの際、OZのアカウント情報だけはすでに交換した。そうしておかないと、作戦を遂行する上でいろいろと支障が出るからだ。
 とはいえキング・カズマはプライベートでOZを利用せず、会話もしないと有名で。
 だとすれば、もう少し佳主馬自身に近い、できることなら直接繋がる連絡先が欲しいな、と思って。

 だからトイレに行こうと部屋を出た帰り、たまたま佳主馬がひとりでいるところを見つけて、さらにたまたまそのことを持ち出してもおかしくない話題になったので、何気なさを装ってお願いしてみた。
 その結果。

「健二さんのは教えてくれないの」

 まさか、そう言われるとは思わなかったけど。
 佳主馬も自分との繋がりを求めてくれているのだと思ったら嬉しくて、浮かんでくる笑みを隠すことなんてできなかった。


「……これなら、佳主馬くんの携帯持ってきてもらって、赤外線で交換したほうが早かったかな」
「僕の携帯、母さんたちの部屋だし。……ごそごそして起こしたら面倒」
「それもそうか」

 佳主馬のPCのエディタにメモしたアドレスに、あとで携帯の番号とアドレスを送ってくれたら嬉しい。
 どうしても消えてくれない笑みを消すことも隠すこともあきらめて、照れながらそう口にした健二に向かって、佳主馬ははっきり「ダメ」と呟くとあっさり首を横に振った。

 思わず目を丸くして佳主馬を見つめ返した健二に間髪いれず告げられた言葉は、「健二さんの携帯、客間にあるんでしょ。なら、今から登録しに行く」という堂々としたもので。健二はまん丸くしていた目をさらに見開く羽目になったが、まあそのほうが楽か、とすぐに思い直してうなずいた。

 そういう経緯があって今、健二が世話になっている客間では布団の上にあぐらをかいた佳主馬が、健二の携帯のボタンをぱちぱちといじっている。
 佳主馬はOZを使うのも主にPCからがメイン、携帯は家族や陣内家の親戚たちとの連絡くらいにしか使っていないらしい。学校関係の連絡は自宅の電話に来るようにしているし、あまりクラスメイトと積極的に交流していない佳主馬は、そもそも携帯を持っていることすら友人たちに話していないのだという。なぜなら、面倒だから。
 なので上田に来てしまえば、佳主馬の携帯はほとんど用を為さないのだ。それを使って連絡を取るべき相手は同じ家にいるし、いちいち充電するのも面倒で鞄に放り込んだままだという。

「たぶん、今頃電池切れてる。こっち来てから、見てもないし」
「なるほど……」

 それもあって、使用頻度が少ないせいなのか。キーボードを前にすれば流れるようなスピードでよどみないキー操作を披露する佳主馬の手つきは今、微妙にゆっくりとしたぎこちないものだった。
 そんな光景を、間近で眺めていたら。

(……なんか、かわいいな)

 口に出したら本気でにらまれそうだったので、健二は心の中だけでそう呟く。
 おそらく、佳主馬に自覚はないのだろう。それでも思い通りにキーを打てないのが悔しいのかほんのわずか眉を寄せて、携帯の画面を睨みつけるようにしている姿は、年相応の少年の姿だ。
 佳主馬は物覚えが早いし、使い慣れればあっという間に健二より上手に使えるようになるのだろう。そんな佳主馬を見る日が来ると思えば、それもなんだか楽しみだった。

「できた」
「ありがとう、佳主馬くん」

 ピッと音をさせて最後のボタンを押すと、佳主馬はぱたんと携帯を閉じる。そのまま腕を伸ばして、閉じた携帯を健二の開いた手のひらの上に落とした。

「ん」

 手にかかった、軽い重み。
 東京に戻ったら、早速教えてもらったアドレスにメールを送ってみよう。その前に、まずは全国ネットで放送されてしまったアバターを、変えたほうがいいのかもしれないけど。
 陣内家の電話番号で取ってしまった仮アバターにも愛着が出てきたし、それを移動させるのもいいかもしれない。

 ぱちり、と携帯を開いてみる。目に入ったのは、見慣れた待ち受け画面だ。
 そしてよくよく考えたら、佳主馬とOZアカウントの情報を交換したのは仮アカウントだったはずのリスなわけで、もういっそアカウントそのものを新しいものに移したほうがいいのかな、と健二は思う。
 だとすれば、その手続をしなければならないわけで。
 ──それを面倒に思わない自分が、健二は少し不思議だった。

 そして、ふと目に入った携帯の時間表示。
 すでに、真夜中の1時を過ぎている。

「うわ、もう一時だよ。佳主馬くん、寝ないと」
「んー……うん。眠い」
「え」

 本当に眠そうに、目をぱしぱしと何度か瞬かせていたと思ったら。
 佳主馬はなぜか、その場にごろりと横になった。
 ──まあ、畳の上ではない。そもそも佳主馬がそれまで座っていたのは、健二がトイレへ行く前に敷いておいた布団の上だ。
 そこにそのまま、こてんと転がっている。
 しかも、いつのまにかしっかりと掛け布団までキープしていた。素早いというか、なんというか。

 ……と、感心している場合でもない。
 なんと言えばいいのかわからないまま、健二はすぐ目の前で丸まっている佳主馬に声をかける。

「ちょ、え、佳主馬くーん?」
「おやすみ」

 返ってきた答えは、いっそすがすがしいほどに簡潔だった。
 佳主馬に、起きる気はまったくないようだ。あったら、そもそもこんなことはしていないだろうけど。

「あの、いやでもその、僕どこに寝れば……?」
「半分空けてあるでしょ。……ふゎ」

 最後に聞こえてきたのは、小さなあくびだ。
 たしかに、半分は空いている。空いているが、しかし。
 もう歩くのも面倒なほど眠いなら、健二が抱えて連れて行くという手もあるにはあるのだが。

「……ま、いいか」

 雑魚寝なんて、考えてみたら悩むほどのことでもない。修学旅行中の夜なんて、本気で布団と布団の境目などまったく関係なかった。
 小さくため息をついて肩をすくめて、それから健二も布団の中に入る。
 幸い、上田の夜は比較的涼しいのだ。すぐ隣で誰かが寝ていても、さほど暑さは感じずにすむ。

(寝顔はやっぱり、まだ十三歳だよなあ)

 さっきまではけっこう元気そうに見えたのに、それは単に眠気を我慢してくれていただけなのだろうか。まあ、佳主馬はまだ十三歳だ。実際、夜更かしは身体によくない。
 そもそも、眠気を我慢させていたことに気づかなかったなんて、年上失格だ。せめて佳主馬に失望されないように、もう少し年上らしく……できれば兄らしくしなければ。

「おやすみ、佳主馬くん」

 枕も使わず、身体を丸めるようにしてすでに寝息を立てている佳主馬の頭を、そっと優しく撫でて。
 健二も、目を閉じた。


 遠くから、虫の声が聞こえる。
 ──それが、鳥と蝉の鳴き声に変わるまで。


 夏の、夢を見よう。




おまけっぽい話なので、あんまり会話を入れられなかった。くそう。
『ワールドクロック02』の続きということはつまり、じつは佳主馬→健二なわけです。
こうやって同じ布団に潜り込んだんだよ、というただそれだけの話。
これをきっかけに、たぶん佳主馬は携帯を肌身離さず持ち歩くようになるのだと思います。
メール着信するたびにドキドキして挙動不審になるといい。

この後いろいろあって、2度目の冬preに続く、はず。
予定は未定。

というか、昼寝とかうたた寝とか本格寝とかそんな話ばっかりですね、ここは!
そんなに一緒に寝るネタ好きなのか。すいません大好きです。